友人たちが仮釈放の嘆願をすると言って嘆願署名を始めたというニュースが飛び込んできた。松本深志高校の同学年のメンバーを中心に動き出したと言うのである。感動した。定期的に署名者数の報告が届いて、どんどん増えて行くのが大きな支えになった。3万人を超えたという連絡が届き、「もう、それで十分だよ!ありがとう!」「黒羽刑務所長宛てに書留か何かで郵送してくれれば良いんじゃないか!」と返信した。
ところが返ってきた返信は、「いや、黒羽刑務所まで行って直接届ける」との連絡。私には、松本深志高校で同期の弁護士が何人もいたので、弁護士が代表になって来ると言うのである。涙が止まらなかった。
1987年のいつごろだったか、工場で旋盤作業をしていると、看守から「前田、面会だ!面会の準備をしろ」と言われた。刑務所で面会できるのは、3親等以内の親族か保護司に限られている。家族が来るという連絡は無かったので、誰だろうと思って面会室に行った。面会室に入って驚愕した。
松本深志高校で同期だった友人の弁護士と友達が目の前にいるのである。「嘆願署名を届けに来た。今、所長に直接渡して来たところだ」「よく面会がOKになったな」「弁護士が付いているから例外でOKが出たんだよ」友人たちは、必死になって署名を集めてくれた。後で聞いた話だが、母が、親類縁者はもとより、近所の人達に必死で署名をお願いして回ってくれたと言うのである。
「前田!元気か?エライ細くなったじゃねえか」「当たり前じゃねえか、まともなもの食ってねえんだぞ」「何人で来たんだ。10人だよ」面会室は3人までしか入れない、30分の面会時間の制限の中で、順番に友人が入れ替わって会うことができた。
あとで聞いた話だが、時間制限でその時会えなかった友人がいたとのことで申し訳ないことをしてしまった。友人達が、仮釈放嘆願署名を所長に直接届けて3ヶ月くらい1987年11月の始めだったと思う。工場の看守責任者から呼び出された。
「前田!お前は、良い友達を持ったなあ。お前もよく頑張ってる、仮釈の許可が出たぞ」「年内には出れるぞ」
塀から出れる。子供たちにも会える。山にも行ける。黒羽刑務所からは、那須山がすぐ近くに見えていたので、出たら真っ先に山に登りたいと思っていたのである。署名が利いたんだ!速達で、家族と会社に連絡した。本とか荷物がいっぱいあるから大きなリュックとか用意して!
しかし、運命が狂う事件が勃発した。1987年11月29日、アブダビを飛び立った大韓航空機が、インド洋上で爆発し115名が犠牲になったのである。犯人の一人が金賢姫、若い北朝鮮の女性スパイである。
ラジオから、そのニュースが飛び込んで来た瞬間、仮釈放が手から逃げて行く喪失感を感じた。仮釈放の内示から2週間くらいだった。
担当看守から呼ばれた。「前田! お前はついてねえな!」「さすがに北朝鮮がやったとなると、法務大臣も仮釈は出せねえよ!」1年半早く出られる希望は無残に打ち砕かれた。それから1年半、満期出所の日がやって来た。
1989年(平成元年)は、1月に昭和天皇崩御、6月に天安門事件、8月に私が満期出所、11月にベルリンの壁が崩壊、12月には、ブッシュ/ゴルバチョフがマルタで会談し、米ソ冷戦に終止符が打たれた年である。
友人たちがバスで迎えに来てくれた。通常は、午前10時頃が平均的な出所時間らしい。しかし私は、早朝午前7時出所と告げられた。看守達が言うには、昔はヤクザの親分が出所する時は、子分たちが大勢迎えに来てうるさかったから早朝出所があったが、10年以上こんなことは無かったとのことである。
刑務所棟から刑務所正門まで重いリュックを背負って歩いた。正門に近ずくにつれ、20人位の人影が見えて来た。友人達である。歓声が上がった。「前田が出てきたぞ!」
懐かしいメンメンの顔が見える。バスに乗って日光の鬼怒川温泉で食事を取り、温泉に浸かって、コスモス街道を通って松本に帰還した。
■ プロローグ はじめに |
■ シーズン1:1947年 敗戦、帰還船、ビルマの竪琴 |
■ シーズン2:1960年 60年安保、チボー家の人々 |
■ シーズン3:1962年 松本深志高校、剣道、キューバ危機、宿題がマルクス、「渚にて」強行上映 |
■ シーズン4:1965年 青雲の志 中央大学 学生運動 |
■ シーズン5:1966年 自治会委員長、全中闘委員長、全国初学生単独管理学生会館要求バリスト |
■ シーズン6:1967年 佐藤首相ベトナム訪問阻止羽田空港突入!中大学費値上げ白紙撤回バリスト |
■ シーズン7:1968年 新東京国際空港:成田は経済効率最悪/豊穣農地破壊! 東京湾上に作れ! 成田空港公団突入総指揮/逮捕、防衛庁突入総指揮/逮捕 |
■ シーズン8:1969年 6月保釈出所、7月共産主義者同盟分裂:赤軍派を除名 7月共産主義者同盟学対部長、9月共産主義者同盟離脱/赤軍派に合流 11月武装蜂起部隊全員逮捕、主力部隊壊滅 |
■ シーズン9:1970年 1月中央人民組織委員会委員長、基盤人材獲得全国長征/長征軍隊長 2月政治局北朝鮮方針に反対 反対派多数戦線離脱、3月15日最後の逮捕 |
■ シーズン10:1970年 3月31日よど号ハイジャック発生! 逮捕、「不起訴の約束」は反故、起訴、投獄 |
■ シーズン11:1971年 獄中への一通の手紙 |
■ シーズン12:1984年 最高裁で謀議当日のアリバイが証明された。しかし判決は有罪、下獄 監獄改革、獄中の狂詩曲 |
■ シーズン13:1989年 早期仮釈放嘆願10万人署名/仮釈放内示、大韓航空機爆破事件(金賢姫)発生 仮釈放取消、プリズン留学12年満期出所、松本帰還 |
■ エピローグ |