社長からの手紙

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シーズン2|1960年 60年安保、チボー家の人々

2022.02.25 2024.05.16

1960年 60年安保、チボー家の人々

中学は、松本平を一望できる丘の上の丸の内中学に行った。入学した初めての授業、先生がいきなり黒板に書き始めた。「二十世紀のゴジラ」。自分の名前は、「二十世紀のゴジラ」だと!続けて大きな字で「白鳥は悲しからずや 空の青 海の青にも染まず漂う」と書いて、これは、若山牧水の歌だ。お前達は、この歌の意味が判るか?と質問された。歌の意味は十分には理解出来なかったが、お前たちも何物にも染まることなく自分の道を見つけて生きろ!と言われているような気がした。

私たちの中学時代は、焼け跡の匂いが、なお色濃く残っていた時代だった。折しも、中学2年の時、日米安保条約改定を巡り、日米安保条約を堅持すべきか否か、国論を二分する対立が発生していた。デモ隊が国会を包囲し、女子学生が殺されたとのニュースが報じられた。丸の内中学では、昼休みに校内放送があり、生徒にも、しっかり聞くようにとの指導がされていた。その校内放送で安保改定を巡るニュースが連日放送されていたのである。

そうした混乱の時期、先生が、伊那の中学に赴任していた時の教え子から電話がかかって来たと言って話をされた。その教え子が「先生、私は全学連の議長になりました。安保条約改定に反対して闘っています」と連絡があったと話された。先生は、その話を誇らしげに話していた。それ程、60年安保改定は、先生達の間でも反対の機運が多かった時代だった。私は、当時、全学連が何かも知らなかったが、白黒テレビに映し出された映像と共に、強烈な記憶として残っている。まさか数年後、自分が全学連の指導的立場に立つなど微塵も思ってはいなかった。

私は、先生の正義と熱血を絵に描いたような授業が好きだった。先生の授業は魂を揺さぶり、クラスからは多くの有為な人材を排出した。同級の2人は大学教授になり、そのうちの一人は、院内感染の世界的権威になった。時折、地元の信濃毎日新聞に執筆している。それと、クラス憲法も作った。中学生が憲法を作ったなんて世界の歴史にもないことだと思う。このときの議論を今でも覚えている。戦争の放棄核の是非である。その後 東大に入学したもう1人の友人は、戦争抑止力としての核兵器是認論を展開した。私は、核兵器の即時廃棄を主張した。結論は出なかったが、クラス憲法の第9条に、“核兵器廃絶”と書いた。

後に、大学1年生の夏休みだったと思う。中学の同級会が開かれ、久しぶりに先生と会ったとき、マルクスの話をしたことがあった。私が「先生はマルクスをどのように思われますか?」と尋ねたところ、先生は即座に「マルクス主義は科学だ」と強い口調で言い放たれた。私は、このときの印象が強烈で、その後、マルクス主義が人類を救う正しい社会科学なのかを問い続ける青春を送ることになった。

科学は、多くの技術革新をもたらした。しかし、問題なのは、人間の内部に潜んでいる制御できない規範のない現象と行動を科学することにあるのではないかと思う。このままでは、人類は何万年たっても宗教や民族・国家間の対立を繰り返し、互いを滅ぼす道を辿ってしまうのではないかと思っている。

チボー家のジャックが叫んだ一説

中学2年生の60年安保のその年だったと思う。母が新聞を持ってきて、「この本はノーベル賞をとった本だから」と言って新聞の広告欄を見せてくれた。「チボー家の人々」だった。白水社発行の全5巻の大作で、見出しをめくっていくと、第一次世界大戦前夜のフランスが舞台で、第5巻になると戦争前夜の決定的な場面になることが判った。小遣いを貯め、秋頃になって第5巻を購入し、押し入れに籠って読んだ。
なぜ押し入れかというと、私の部屋は、嫁入り前の叔母さんと同じ部屋で、父が軍隊から持ち帰ったカーキ色の毛布をカーテン代わりに仕切った机一つだけの小さなスペース。寝床は押し入れ、闇市から拾ってきたようなクリップが付いた裸電球のスタンドで読んだことを覚えている。 

「チボー家の人々」第5巻。1914年、第一次世界大戦が避けられない状況下で、ジャックは、戦争を回避するために何をなすべきか熟考を重ねていた。辿り着いた最後の希望が、独仏国境の前線に運ばれて行く両軍の兵士に、飛行機から「銃を捨てろ!人を殺すことを拒むんだ!」と二か国語で書いた大量のビラを撒き、両軍の兵士たちに、人に銃を向け人を殺すことの愚かさを、極限で思いとどまらせ、銃を捨てさせる!最後の可能性にジャックは懸けた。

以下は、ジャックがビラに込めたメッセージである。

諸君は聞かされている。

『戦争をさせるものは資本主義だ、国家主義の競争だ、金の力だ、軍需工業家だ』 と。だが諸君、考えてみたまえ、戦争ははたしていかなるものか? それは単に利害関係の衝突なのか? 残念ながらそうではない!

戦争とは、まさに人間であり、また人間の流す血潮なのだ!
戦争とは、動員され、たがいに戦いあう国民なのだ! 国民にして動員をこばみ、国民にして戦うことを拒否するとき、あらゆる責任ある大臣たちは、銀行家は、企業家は、軍需工業家は、戦争を引きおこすことができないのだ!

大砲も小銃も、撃つ人なしには撃てないのだ! 戦争には兵士がいる! そして、資本主義が、こうした利益と死との事業のために必要とする兵士、それこそわれらにほかならないのだ!

いかなる法律の力も、いかなる動員令も、われらなしには、われらの承認なくしては、われらの受入れ態勢なくしてはあり得ないのだ!

大量のビラを積み込んだ飛行機は飛び立った。しかし、もう直ぐ国境というところで飛行機は、一瞬の衝撃と震動に見舞われ、機体は急降下し宙を舞った。ジャックは地上に叩きつけられ、燃えるような硝煙と共に砕け散った。一枚のビラも撒かれないままに。 

(つづく)

シリーズ目次

                               
プロローグ
はじめに
シーズン1:1947年  
敗戦、帰還船、ビルマの竪琴
シーズン2:1960年  
60年安保、チボー家の人々
■ シーズン3:1962年 
松本深志高校、格闘家型剣道、宿題はマルクス、「渚にて」強行上映
シーズン4:1965年 
青雲の志 中央大学 学生運動
■ シーズン5:1966年 
全中闘委員長、全国初学生単独管理学生会館獲得
■ シーズン6:1967年 
佐藤首相ベトナム訪問阻止羽田空港突入
岩波映画「羽田闘争・現認報告書」主演
■ シーズン7:1968年
新東京国際空港は東京湾上に作れ!
成田空港公団突入総指揮、防衛庁突入総指揮、巣鴨プリズン改革
■ シーズン8:1969年
6月保釈出所、7月ブンド分裂/学対部長、9月ブンド離脱赤軍派へ
11月首相官邸突入部隊全員逮捕壊滅
■ シーズン9:1970年
1月中央人民組織委員会委員長、全国長征:長征軍隊長
■ シーズン10:1970年
2月政治局北朝鮮方針に反対、北朝鮮反対派多数戦線離脱
■ シーズン11:1970年
3月15日別件逮捕。3月31日:よど号ハイジャック発生「黒幕?」として起訴
■ シーズン12:1970年
長期拘留裁判  獄中への一通の手紙
■ シーズン13:1984年
最高裁で謀議当日のアリバイが証明
しかし判決は有罪。監獄改革/提案制度
■ シーズン14:1987年
早期仮釈放嘆願10万人署名 仮釈放内示
大韓航空機爆破事件発生、仮釈放取消
■ シーズン15:1989年
プリズン留学累計12年
満期出所し、友人たちがバスで出迎え松本帰還
■ エピローグ