社長からの手紙

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シーズン11|1971年 獄中への一通の手紙

2025.08.05 2025.08.25

当時「ガロ」という雑誌が発行されていた。白土三平が創立し、白土三平の「カムイ伝」や水木しげるなどが連載されていた独創の漫画雑誌である。

その「ガロ」に、私を紹介する記事が掲載された。 横浜の寿町で活動していた野本三吉さんか誰だったかの紹介で、東池袋から移転したばかりの東京拘置所(小菅)に面会にこられ、面会時の印象と私の人物について2ページの特集記事にしてくれたのである。もちろん東京拘置所に収監され、裁判闘争を闘っている事情も書かれていた。

それと、私が抱えていた問題意識についても書かれていた記憶がある。当時、私は独房のラジオから流れて来た「貧しき者は幸いである」という一説に、電気が走ったような衝撃を感じていた。新約聖書の一説であることも分かっていたが、この点についてもっと知りたいという願望を持っていた。

貧しき者とは、物質的な貧しさ、飢餓貧困に喘いでいる者という意味ではない。むしろ所有欲を離れ、無私無心の清らかなマインドを持つ者という意味ではないか。自利利他とも通じる普遍的なマインドのことを言っているのではないか。

そのことを野本さんに伝えた記憶がある。野本三吉さん自身、横浜の寿町で生活困窮者と共に生活し支援していた事情から、そのことについて記事の中で触れてくれていた。その「ガロ」が発行されてしばらく経った頃だったと思う。獄中に、見知らぬ名前の女性から1通の手紙が届いた。

その人は 腎臓病であり、闘病中のベッドで「ガロ」を読み、私の生き方に共感する何かを感じ手紙を書いたとのことで、学生運動とは全く関係のない人で、不思議な印象を受けたが、一般の女性が東京拘置所にいる見知らぬ人に宛てて手紙を書くということは尋常ではないことだ。何かを感じたのだろう、返信の手紙を書いた。

しばらくして、ぶ厚い手紙が届いた。どうやら、この女性はクリスチャンで、私の考え方や生き方は、クリスチャンと共通しているところが多い…と映ったらしい。しばらくして新約聖書が送られてきた。「貧しき者は幸いである」は、マタイ伝に書かれていた。ただ、ルカ伝では「心の貧しい者は幸いである」と書かれている。物質的な貧しさを言っているとは思えない。心が貧しいとはどういうことか? 所有から自らを解放して奉仕する者を言っているのではないか。

そう考えるとガンジーやトルストイが頭をよぎる。同じような問題意識をもっているようだ。幼少期に「百人一首」を諳んじていたとか、全く違うタイプであることはわかったが文通は続いていた。1974年、起訴から約4年後。私は保釈で出所して松本に仮帰還した。 保釈されたとはいえ裁判は続いており、月1回位のペースで公判が開かれ 裁判を闘っていた。

親に迷惑をかける訳にはいかない。アルバイトで食い繋いだ。生活の不安がずーっと付きまとっていた。裁判に通う交通費もままならなかった。 しかし、保釈からおよそ1年、文通を続けていた その人と結婚することになった。収入もわずかで、裁判を抱え、長期の務所暮らしの可能性まではらんでいた 、これ以上のリスクはないと言える最悪の男である。

しかし彼女は純文学好きの文学少女で、聖書の箴言を地で行くようなピュアな精神の持ち主。私とは対照的な異次元の世界で生きている人である。

私は、宗教とは一歩距離を置いており、クリスチャンでもないが視えない力を感じた。結婚に踏み切ったのである。人生とはブラックホールのようなもので、何も見えていない状況で結婚したようにも感じる。

法曹界を震撼させた裁判

裁判が続いていた。裁判の主な論点は、共謀があったとされる1970年3月3日-4日のこと。私は同志社大学の若林と一緒に京都におり、共謀に関与しておらずアリバイがあったことであった。

その後、当時、私と会った同志社の知人が、メモ帳に「 前田さんと会った」と記載した能率手帳が残っていることを突き止め、証拠として提出。同人が証人として出廷し、証言もしてくれた。東京高裁で私のアリバイは証明された。

しかし判決は有罪、最高裁に上告した。

しばらくして弁護士事務所から連絡が届いた。 通常であれば小法廷で開かれる最高裁での裁判が、大法廷で開かれると言う。そのこと自体、無罪判決の可能性があると言われた。当時、ガンで入院していた 父のもとに駆け付け「無罪の可能性が出てきた !安心してくれ」と伝えて父の手を取った 。

それなのに最高裁でも、判決は有罪。

よど号ハイジャックの共謀共同正犯 、首謀者/ 黒幕というレッテルが張られた。父は、最高裁判決の直前に亡くなった。息子が無罪になることを信じて息を引き取ったことが唯一の親孝行となった。

アリバイが証明されれば無罪のはずである。しかし、 判決理由は「知っていたであろうと推測される」。推測の一言で有罪、刑務所に送られた。 この時期の日本の司法は、証拠捏造、起訴しないという偽計を当たり前のように駆使していた。

私の有罪判決は、さすがに法曹界を動かして「判例時報」「ジュリスト」に、抗議非難の論文が発表された。共謀共同正犯の要件が国家の意思で無限に拡大解釈されている。北朝鮮に反対し、アリバイが証明された者であっても有罪とされ投獄される。日本の司法は真実から眼を反らし、国家の意思と予断によって白を黒と言い張ったのである。

参考のために、赤軍派議長塩見孝也の一審判決の一部を紹介する。一審判決の証拠として採用された塩見孝也の供述にも「北朝鮮の政治状況について、前田から疑念が表明された」と記されている。

11以上の調査、準備等を進めたうえ、 3月13、14日の両日にわたり、被告人は、田宮、小西、前田とともに前記喫茶店「白鳥」等において、フェニックス作戦実行の手順、方法等について具体的な検討を行い、被告人において、まずハイジャックで北朝鮮に渡り、その後キューバに行くとの方針を述べ、北朝鮮の政治状況について前田から疑念が表明された。

塩見孝也一審判決 東京地方裁判所 昭和45年(合わ)429号 判決 1980年1月30日

(シリーズ12に続く)

シリーズ目次

プロローグ
はじめに
シーズン1:1947年  
敗戦、帰還船、ビルマの竪琴
シーズン2:1960年  
60年安保、チボー家の人々
シーズン3:1962年  
松本深志高校、剣道、キューバ危機、宿題がマルクス、「渚にて」強行上映
シーズン4:1965年 
青雲の志 中央大学 学生運動
シーズン5:1966年
自治会委員長、全中闘委員長、全国初学生単独管理学生会館要求バリスト
シーズン6:1967年 
佐藤首相ベトナム訪問阻止羽田空港突入!中大学費値上げ白紙撤回バリスト
シーズン7:1968年
新東京国際空港:成田は経済効率最悪/豊穣農地破壊! 東京湾上に作れ!
成田空港公団突入総指揮/逮捕、防衛庁突入総指揮/逮捕
シーズン8:1969年
6月保釈出所、7月共産主義者同盟分裂:赤軍派を除名
7月共産主義者同盟学対部長、9月共産主義者同盟離脱/赤軍派に合流
11月武装蜂起部隊全員逮捕、主力部隊壊滅
シーズン9:1970年
1月中央人民組織委員会委員長、基盤人材獲得全国長征/長征軍隊長
2月政治局北朝鮮方針に反対
反対派多数戦線離脱、3月15日最後の逮捕
シーズン10:1970年
3月31日よど号ハイジャック発生!
逮捕、「不起訴の約束」は反故、起訴、投獄
シーズン11:1971年
獄中への一通の手紙
シーズン12:1984年
最高裁で謀議当日のアリバイが証明された。しかし判決は有罪、下獄
監獄改革、獄中の狂詩曲
■ シーズン13:1989年
早期仮釈放嘆願10万人署名/仮釈放内示、大韓航空機爆破事件(金賢姫)発生
仮釈放取消、プリズン留学12年満期出所、松本帰還
■ エピローグ