1970年3月31日によど号ハイジャックが発生した。警視庁地下取調室で担当取調検事から、外で起こった「ハイジャック事件」を聞いた。「犯人たちは『北朝鮮に行け!』と主張している。赤軍派の可能性はないか?」と聞かれた。心中、田宮がやったとは思った。しかし、警察も検察も「犯人像」を特定できずにいる。日本共産党のはみだし分子か、朝鮮総連系の一派位しか考えられない…とはぐらかしておいた。3月31日の事件発生直後の午後の段階では、少なくとも担当取調検事段階では、赤軍派の作戦なのかどうか知らない状態にあったように思える。
しかし、現実はピョンヤンに行った実行部隊の指揮をしていたのは赤軍派の田宮であった。乗客を人質に取り、北朝鮮に行けと要求していると言う。給油するために福岡空港に着陸し、一部の子供、老人、女性を解放した後、福岡を飛び立ち、ピョンヤンに偽装した韓国金浦空港に着陸させられた。しかし、偽装であることが発覚し、運輸政務次官が人質の身代わりとなって乗り込み、ピョンヤン郊外の空港に着陸した。発砲や爆発があった訳でもなく、身代わりとなった運輸政務次官も乗員もよど号の機体も無事生還した。
今から考えてみれば、田宮は私より3つか4つ年長で、赤軍派の事実上ナンバー2、大阪市大出身の関西ブントで、ブント時代には一度会っただけの人物であったが、極めて奇妙な発想をする軍事力学主義者という印象があった。
1968年頃、彼が、中央反戦を指揮していたとき「勝鬨橋の決戦」を主張していたことは、ブント内では有名な話だった。’70年1月だったか2月頃だったか、突然、田宮が赤色軍事クーデターを主張し始めたのにも度肝を抜かれた。軍事クーデターは制度そのものの改革とは全くちがう。田宮はどこかおかしい、そう感じていた。
田宮が、よど号乗客に向かって言ったとされる「我々は明日のジョーである」という言葉は、当時の学生運動家の気分と危うさを象徴している。成し遂げるべき志を漫画の「明日のジョー」になぞらえる、当時の赤軍派の意識は、残念ながらこうした劇画的な妄想の上に築かれた虚妄のシナリオだったようにも思える。
当時の日本共産党を除く新左翼は、ブントも赤軍派も中核も革マルも、ソ連スターリン主義とは一線を画す反スターリン主義を結党の根本理念に掲げていた。とりわけ赤軍派は、キューバのカストロ、ゲバラを中核とする第3の道派を目指し、キューバとも裏のネットワークを持っていた。それが、なぜ突然、我々が最も忌み嫌っていた暗黒のスターリン主義国家・北朝鮮に行くという主張になったのか 。
塩見も田宮も既に亡くなってしまっているので永久に真実は解明されないかもしれないが、当時のブン トから赤軍派を含む新左翼が拠って立っていた政治思想の根幹を揺るがす大問題であり、組織の分裂にも発展しかねない根本問題である。1970年2月から3月は、私は組織再建のために全国長征方針を提起し、部隊を率いて京都に居たため詳細を承知していないが、日本学生運動最大のミステリーである。言い換えれば、赤軍派の政治理論を否定するクーデターとしか思えない。
桜田門の警視庁地下調室で早朝から深夜までの過酷な取調べが始まった。殺人か何かの取調べだったのだろう。近くの取調室から怒声や机を叩く凄まじい音や呻き声が連日聞こえていた。問題は塩見ノートである。塩見が持っていて押収されたノートを見せられた。飛行機の座席図らしいイラストが書いてあった。人の名前もたくさん書いてあったが、当時は、本名ではなく組織名を使っていたので半分以上は誰のことだか分からない。検察も、私が首謀者ではないことは十分知っていたはずである。塩見ノートには私の名前が当時のペンネームも含めて出てこないからである。
しかし、2ヶ月間も朝から晩まで取調べられていれば意識が制御不能になる 。検察が書く調書に「署名すれば起訴しない、署名しなければ死刑だ!」と繰り返し脅かされた。
死刑という脅迫は、正直応えた。私は北朝鮮路線を批判していた人間である。それが北朝鮮行ハイジャックの首謀者/黒幕として死刑を執行される。何としても受け容れ難い。
それと、「実家にガサを入れたぞ!」という一言もショックだった。父母に間違いなく大きなショックを与えてしまったのである。 混沌とした意識の中で 正常な脳の働きができなくなった。「不起訴の約束」という偽計に引っ掛かったのである。
しかし、国家は〝起訴しない〟という約束を当たり前のように反故にした。
長期にわたる拘留と裁判が始まったのである。公判で「不起訴の約束」をした公安警察官を証人喚問したが、平気で白を切った。冤罪など、オムレツを焼くように簡単に作れてしまうのである。
(シーズン11へ続く)
■ プロローグ はじめに |
■ シーズン1:1947年 敗戦、帰還船、ビルマの竪琴 |
■ シーズン2:1960年 60年安保、チボー家の人々 |
■ シーズン3:1962年 松本深志高校、剣道、キューバ危機、宿題がマルクス、「渚にて」強行上映 |
■ シーズン4:1965年 青雲の志 中央大学 学生運動 |
■ シーズン5:1966年 自治会委員長、全中闘委員長、全国初学生単独管理学生会館要求バリスト |
■ シーズン6:1967年 佐藤首相ベトナム訪問阻止羽田空港突入!中大学費値上げ白紙撤回バリスト |
■ シーズン7:1968年 新東京国際空港:成田は経済効率最悪/豊穣農地破壊! 東京湾上に作れ! 成田空港公団突入総指揮/逮捕、防衛庁突入総指揮/逮捕 |
■ シーズン8:1969年 6月保釈出所、7月共産主義者同盟分裂:赤軍派を除名 7月共産主義者同盟学対部長、9月共産主義者同盟離脱/赤軍派に合流 11月武装蜂起部隊全員逮捕、主力部隊壊滅 |
■ シーズン9:1970年 1月中央人民組織委員会委員長、基盤人材獲得全国長征/長征軍隊長 2月政治局北朝鮮方針に反対 反対派多数戦線離脱、3月15日最後の逮捕 |
■ シーズン10:1970年 3月31日よど号ハイジャック発生! 逮捕、「不起訴の約束」は反故、起訴、投獄 |
■ シーズン11:1971年 獄中への一通の手紙 |
■ シーズン12:1984年 最高裁で謀議当日のアリバイが証明された。しかし判決は有罪、下獄 監獄改革、獄中の狂詩曲 |
■ シーズン13:1989年 早期仮釈放嘆願10万人署名/仮釈放内示、大韓航空機爆破事件(金賢姫)発生 仮釈放取消、プリズン留学12年満期出所、松本帰還 |
■ エピローグ |